牛乳を作りすぎないよう国が数量を割り当てる国——カナダの供給管理
結論
- カナダは1972年に制定された農産物機関法(Farm Products Agencies Act)を根拠に、乳製品・鶏肉・七面鳥・食用卵・ブロイラー用種卵の5品目を対象とした「供給管理(Supply Management)」制度を国家レベルで運用している。
- 毎年、生産割当枠(市場シェア割当:MSQ)を設定することで生産量と国内需要を一致させており、EUや米国とは異なり政府による直接補助金なしに農家の収益を安定させているのが最大の特徴である。
- 一方、関税割当による輸入規制が市場アクセスを制限するとして貿易相手国から批判されており、OECDやFTA交渉の場でも繰り返し俎上に載せられてきた。
制度の概要——5品目を国家が管理する
カナダの供給管理制度は、「乳製品、鶏肉・七面鳥製品、食用卵、ブロイラー用種卵」の5品目を対象として、「生産と需要を調整し、輸入を管理することで農家と消費者の双方に対して安定した価格を実現する」ことを目的とした農業政策の枠組みである。フランス語では Gestion de l'offre(供給の管理)と呼ばれ、国全体に適用される全国的な制度として機能している。
制度の根拠法は1972年に制定された農産物機関法であり、これにより制度を監督する二つの全国機関が設立された。農業・農業食品省(Agriculture and Agri-Food Canada)がカナダ酪農委員会(Canadian Dairy Commission:CDC)と、鶏卵・鶏肉・七面鳥を所管する農産物評議会(Farm Products Council of Canada)の双方を管轄している。
制度全体の運営は「SM-5機関」と呼ばれる五つの全国組織が担っている。
| 組織名 | 略称 | 主な対象品目 |
|---|---|---|
| Egg Farmers of Canada | EFC | 食用卵・ブロイラー用種卵 |
| Turkey Farmers of Canada | TFC | 七面鳥 |
| Chicken Farmers of Canada | CFC | 鶏肉 |
| Canadian Hatching Egg Producers | CHEP | ブロイラー用種卵 |
| Canadian Dairy Commission | CDC | 乳製品 |
CDCはオタワに本部を置く国有企業(Crown corporation)であり、酪農分野における供給管理の中核を担う。五つの組織が州・全国の行政機関・委員会と連携しながら、制度を実務的に運営している。
生産枠の仕組み——市場シェア割当(MSQ)
酪農の生産調整の中心的な概念が「市場シェア割当(Market Sharing Quota:MSQ)」である。1970年以来、カナダ牛乳供給管理委員会(Canadian Milk Supply Management Committee:CMSMC)が毎年、全国の産業用生乳の年間生産割当量と各州への配分シェアを設定してきた。その目的は「国内需要と生産を一致させ、乳脂肪において自給自足を維持すること」とされている。
割当は国→州→個別農家の三段階で配分される。CMSMCが全国枠を設定し、各州が自州に割り当てられた範囲内で個々の酪農家にMSQを配分する仕組みだ。CMSMCの議長はCDCが務めており、酪農産業の供給管理行政の責任主体となっている。
酪農分野の規制体系はさらに地域ごとに分かれており、ニューファンドランドのミルクプール、東部5州のミルクプール(P5)、西部4州のミルクプールという三つの地域ミルクプールと、各州の牛乳販売委員会(Provincial Milk Marketing Board)が制度の実務を担当している。
なお、全国牛乳販売計画(National Milk Marketing Plan)については、1983年までにニューファンドランドを除くすべての州が署名を完了している。
制度の規模感——2018年時点の農家数
2016年のカナダ農業センサスによれば、カナダ全土の農場数は193,492件であった。そのうち供給管理の対象となる農場の割合は約12%にとどまる。農業全体でみれば少数派であるが、乳製品・鶏肉・鶏卵分野においては実質的に全農家が制度の傘下に入っている。
2017年時点では、乳製品・鶏肉・鶏卵を合わせた供給管理下の農場数は16,351件だった。品目別の内訳は以下の通りである(2018年時点)。
| 品目 | 農家数(2018年時点) |
|---|---|
| 酪農(乳製品) | 約12,000戸 |
| 鶏肉 | 約2,800戸 |
| 食用卵・ブロイラー用種卵 | 約1,000戸 |
| 七面鳥 | 551戸 |
制度の強み——直接補助金なしで産業が成立する
供給管理制度の支持者が強調する最大の特長は、政府が農業への直接補助金を支出せずに産業を維持できる点である。EUや米国では農業に対する大規模な直接補助が一般的であるのに対し、カナダの供給管理は生産制御・価格設定・輸入管理の三本柱で市場を制御することで、納税者負担なしに農家の収益を安定させている。
連邦・州両政府が直接補助を回避できてきたことが、制度の大きな成果の一つとされている。制度の支持者は、供給管理によって「高品質で安全な農産物の安定供給」が実現され、生産者・加工業者・流通・小売のサプライチェーン全体が安定すると主張している。農家にとっては収益が「安定かつ予測可能」になる点も、制度の価値として挙げられる。
批判——「カルテル」との指摘と消費者負担
一方、反対論者は供給管理を「供給管理業界の構成員が政府の後ろ盾のもとに公認のカルテルを形成し、購買者の犠牲において利益を得ている」と批判する。価格制御と生産量制限の組み合わせにより、消費者が市場競争下よりも高い価格を負担させられているという指摘である。
輸入規制に関しても批判は根強い。制度は関税割当(Tariff-rate Quota:TRQ)によって国外からの農産物に高関税を課しており、カナダの貿易相手国は「供給管理制度が市場アクセスを制限している」と繰り返し問題視してきた。
OECDは2017年に、「カナダが酪農の供給管理政策を段階的に廃止すれば輸出成長が加速する」との見解を示している。
自由貿易交渉との衝突
供給管理はカナダが関与した複数の大型FTA交渉において争点の一つとなってきた。
- CETA(カナダ・EU包括的経済貿易協定):カナダとEU・EU加盟国間の自由貿易協定交渉において、供給管理が論点の一つとなった。
- CPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定):交渉過程で各加盟国との調整が必要とされた。
- USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定):2018年10月1日に発効。供給管理の基本的な枠組みは維持されたが、ミルクの分類システムに一部変更が加えられ、その結果として供給管理の効力が弱まった部分があるとされている。
このように供給管理はカナダの通商政策の中でも特に敏感な分野であり、連邦・州を問わず主要各党の多くの政治家が長きにわたり制度の維持を支持してきた経緯がある。
日本の制度を考えるうえでの示唆
カナダの供給管理は、価格支持・生産割当・輸入制限の三本柱で農業を維持しながら、直接補助金への依存を避けるという点でEU・米国型とは異なる政策設計を体現している。日本の米の生産調整(減反政策)も国内需給の管理を目的とする点では思想が重なるが、消費者が負担するコストと貿易摩擦のどちらをどこまで許容するかという政策選択の難しさは、カナダの事例が示すように普遍的な課題である。
出典
よくある質問
Q. カナダの供給管理制度の法的根拠は何ですか?
A. 1972年に制定された農産物機関法(Farm Products Agencies Act)です。この法律に基づいてカナダ酪農委員会(CDC)など国家機関が設立され、乳製品・鶏肉・鶏卵・七面鳥の5品目の生産と輸入を管理する体制が整備されました。農業・農業食品省がCDCと農産物評議会の双方を管轄しています。
Q. 供給管理の対象となる農場はカナダ全体の何%ですか?
A. 2016年の農業センサスによれば、カナダ全体の193,492件の農場のうち約12%です。2017年時点での供給管理下の農場数は16,351件で、2018年時点の内訳は酪農約12,000戸、鶏肉約2,800戸、食用卵・種卵約1,000戸、七面鳥551戸となっています。
Q. なぜ貿易相手国はカナダの供給管理を問題視するのですか?
A. 供給管理は関税割当(TRQ)によって輸入品に高関税を課しており、外国の農産物がカナダ市場に参入しにくい構造となっているためです。OECDも2017年に、供給管理政策を段階的に廃止すれば輸出成長が加速するとの見解を示しており、CETA・CPTPP・USMCAなど複数のFTA交渉で繰り返し争点となってきました。
Q. USMCAによって供給管理制度はどう変わりましたか?
A. 2018年10月1日に発効したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)のもとで、供給管理の基本的な枠組みは維持されました。ただしミルクの分類システムに一部変更が加えられ、その結果として供給管理の効力が部分的に弱まったとされています。制度そのものの廃止には至っていません。
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