補助金の
番外編『世界の補助金から』

電気の買取価格を35年先まで約束した——英国ヒンクリー・ポイントC原発

執筆:小嶋 譲司株式会社TOE 代表取締役 読了 約15情報時点:2026年9月19日
電気の買取価格を35年先まで約束した——英国ヒンクリー・ポイントC原発

結論

  • 英国政府は2016年9月、EDF(フランス電力)主導のヒンクリー・ポイントC原発建設を承認し、差額決済契約(CfD)により電力の固定買取価格を35年間にわたって保証した。
  • 2017年3月の着工時点では建設費を2015年価格180億ポンドと見積もり、2025年の完成を目標としていたが、新型コロナウイルス感染症とブレグジットによる遅延が続き、ユニット1の運転開始は2030年に後退している。
  • 建設費は2026年時点の推計で2015年価格350億ポンド(2026年価格では約480億ポンド)に達し、承認時見積もりのほぼ2倍に膨らんでいる。
  • この事例の核心は「長期価格保証と民間投資誘致を組み合わせる際に、コスト超過リスクをどこに帰属させるかをあらかじめ設計する必要がある」という点だ。

1981年から1995年:反対運動と計画断念

ヒンクリー・ポイントCの歴史は、建設計画の誕生と同時に、それを阻もうとする市民運動の歴史でもある。

英国政府が原子力発電所の拡張計画を発表した1981年、建設阻止を目的とする「ヒンクリーC反対同盟(Alliance against Hinkley C)」が設立された。翌1982年8月には、政府がヒンクリーCを建設する意向を正式に確認した。反対同盟はニュースレターを発行し、原子力ではなく再生可能エネルギー開発にリソースを振り向けるよう政府に求めながら、環境への影響を広く市民に訴えた。

1986年、同盟は「ストップ・ヒンクリー拡張キャンペーン(SHE)」と改称した。SHEはグリーンピースの資金援助を受け、活動家のダニエル・グリュンベルクとジャーナリストのクリスピン・オーブリーが中心となって活動を率いた。SHEは建設阻止のキャンペーンに5万ポンドを超える資金を費やした。

1988年末から1989年12月まで、14か月にわたる公開審問が実施された。600人を超える証人が意見を述べ、建設に反対の意を表明した市民は2万2,000人にのぼった。

これほどの反対があったにもかかわらず、審問を主宰したクイーンズ・カウンセルのマイケル・バーンズは1990年に建設を推奨する勧告を出した。ただし着工は1994年に予定されていた英国の原子力政策見直しまで延期するとも述べた。SHEはその後も原子力に代わる風力・波力発電の推進を訴え続けた。

1995年、英国政府はヒンクリーCを含む新規原発の建設計画をすべて断念した。14か月の公開審問と2万2,000人の反対署名が、少なくともいったんは計画を止めた。

この経緯が示す構造的な問いは「公開審問という合意形成プロセスが政策決定にどう結びつくか」だ。最終的に計画が断念されたのは外部の反対だけが理由ではなく、民営化された電力会社が採算の見込みのない巨額投資を拒んだという経済的背景も一因だった。

エネルギー政策の転換:なぜ2010年代に計画は復活したか

1995年の断念から15年の間に、英国のエネルギー政策環境は大きく変わった。

気候変動対策の文脈では、温室効果ガス排出削減目標の達成に低炭素電源が不可欠とされるようになった。原子力は発電中のCO₂排出がほぼゼロという特性から、再生可能エネルギーと並ぶ低炭素電源として政策上の位置づけを得た。1990年代には「原子力か再生可能エネルギーか」という対立軸で議論されていたが、2000年代以降は両者が気候変動対策の一翼を担うという考え方が主流になっていった。

エネルギー安全保障の観点では、既存の原発が順次退役を迎えるなかで新規電源の確保が急務となっていた。2010年、英国政府は新規原子力発電所の候補地として8か所を発表し、ヒンクリー・ポイントはその1つに選ばれた。2012年11月には核施設ライセンスが交付された。

重要なのは、この復活が「誰が資金を出すか」という財務的問題の解決とセットだったという点だ。1995年の断念は反対運動だけが原因ではなく、価格保証のない状況で民間事業者が投資を拒んだことも一因だった。2010年代の復活には、政府が民間資本を呼び込むための価格保証の枠組みを先に設計するという発想の転換があった。

2016年の承認:三者の利害と保護条件

長期にわたる準備と交渉の末、2016年7月にEDFの取締役会がプロジェクトの実施を承認した。続く同年9月、英国政府も一定の保護措置を設けたうえでプロジェクトを承認した。

プロジェクトへの資金調達はEDFエナジーと中国広核集団(CGN)が担い、出資比率はEDFエナジー76.69%、CGN23.31%となっている。発電所の運営はNNB生成電力会社が行う。

英国政府が「一定の保護措置」を設けた背景には安全保障上の懸念があった。中国資本が英国の重要インフラに深く関与することへの警戒感は2016年時点から存在しており、承認後も後続プロジェクトをめぐる中国資本の関与縮小議論など、地政学的なリスク認識はその後も高まり続けた。「資金調達コストの最適化」と「地政学リスクの管理」は本質的にトレードオフの関係にあり、出資者構成を設計する段階でこのトレードオフを明示しておくことが、後の議論を整理するうえで必要だったといえる。

差額決済契約(CfD):しくみと設計の論点

原子力発電所は建設費が膨大で工期も長く、投資の回収に数十年を要する。電力価格が市場任せで変動するだけでは、出資者にとって確実な収益計画が立てにくい。英国がヒンクリー・ポイントCに採用した仕組みが「差額決済契約(Contract for Difference:CfD)」だ。35年間にわたって電力の固定買取価格を保証するこのCfDが、タイトルにある「35年先まで約束した」の実体だ。

CfDでは政府と発電事業者の間で基準となる買取価格(ストライク価格)をあらかじめ定め、実際の市場価格との差額を精算する。

市場価格の動き精算の方向
市場価格 < ストライク価格政府(消費者)→ 事業者へ差額を補填
市場価格 > ストライク価格事業者 → 政府(消費者)へ差額を返還
市場価格 = ストライク価格精算なし

このしくみにより、発電事業者は収入の予見可能性を確保でき、政府は民間資金で大規模な低炭素電源を整備できる。「政府が価格の下振れリスクを引き受ける代わりに、上振れ利益は事業者が返還する」という双方向の設計だ。

35年という保証期間は再生可能エネルギー向けCfDと比べて格段に長い。承認時点で2015年価格180億ポンドという巨額の初期投資を長期間かけて回収するには、それだけ長い保証期間が必要だという判断が背景にある。

ただし、コスト超過が起きた場合にストライク価格の算定根拠が変わるにもかかわらず、一度確定した契約条件は変えにくい。今回の建設費が承認時見積もりのほぼ2倍に膨らんでいる状況は、この問題を現実のものとしている。また、再生可能エネルギー向けCfDでは競争入札によって価格が決まる傾向があるのに対し、ヒンクリー・ポイントCのCfDは個別交渉によって設定された。この非競争的な価格決定プロセスが、消費者にとって最適な水準かどうかを事後的に検証することを難しくしている。

発電所の仕様

ヒンクリー・ポイントCはイングランド南西部・サマセット州に立地する。2基のEPR(欧州加圧水型炉)で構成され、炉はフランスのフラマトム社が供給する。冷却にはセヴァーン河口の海水を用いる。

項目内容
立地イングランド・サマセット州ヒンクリー・ポイント
炉型加圧水型炉(PWR)- EPR
原子炉供給者フラマトム(フランス)
冷却源セヴァーン河口の海水
計画出力(電気)3,260MWe(2×1,630MWe)
計画熱出力2×4,524MWt
出資比率EDF Energy 76.69%、CGN 23.31%
運営会社NNB生成電力会社
着工2017年3月
当初完成予定2025年
ユニット1完成見込(2026年時点)2030年
着工時建設費(2015年価格)180億ポンド
現在の建設費推計(2015年価格)350億ポンド
現在の建設費推計(2026年価格)約480億ポンド
現地建設作業員数6,300人

建設費の膨張:「最終コスト」がなぜ2倍になるのか

2017年3月に本格着工した時点の建設費見積もりは2015年価格で180億ポンドとされていた。これはプロジェクト承認時に「最終コスト(the final cost)」として提示された数字だ。それが2026年時点の最新推計では同じ2015年価格ベースで350億ポンドへと跳ね上がり、2026年価格では約480億ポンドに相当する。承認時の見積もりのほぼ2倍だ。

「最終コスト」と銘打った数字がなぜ2倍になるのか。大規模インフラプロジェクトのコスト超過には構造的なメカニズムがいくつか働いている。

楽観的バイアス(optimism bias) は典型的な要因だ。計画承認を得るための事業計画は、推進者にとって都合のよい前提で積み上げられやすい。事前に超過可能性を大きく織り込むと、そもそも承認が得られなくなるという力学が働く。

工期延長と財務コストの相乗効果 も重要だ。建設が完了するまでは資産からの収益がゼロのまま借入金利だけが膨らみ続ける。当初8年弱(2017〜2025年)の計画が13年超(2017〜2030年)に延びる見通しであり、財務コストの増大は無視できない。

スコープの拡大とサプライチェーンの制約 も関係している。安全規制の強化や技術的不具合の修正が建設中に加わるうえ、欧州での原発建設の空白期間が長かったため製造能力や専門人材が失われており、調達コストと工期の双方を押し上げた。

これらはヒンクリー・ポイントC固有の問題ではなく、同規模の大型インフラに普遍的に観察されるパターンだ。「最終コスト」という表現は、実態として「承認時点での最善の推計」を意味していた。

遅延の主因と複合リスクの構造

2025年を目標としていたユニット1の完成が2030年に後退した主因として、新型コロナウイルス感染症のパンデミックとブレグジットが明示されている。いずれも当初の工程計画には織り込まれていなかった外部要因だ。

コロナ禍は現場の稼働に制約を加えた。密集を要する作業や仮設宿舎での集団生活が制限され、感染拡大による欠員が工程を乱した。ブレグジットはより構造的な問題をもたらした。建設作業員の多くがEU加盟国からの技能労働者で構成されていたが、英国のEU離脱後は入国・就労手続きが複雑化し、人員の安定確保と資材通関の双方でリードタイムが伸びた。

2026年時点で現地には6,300人の建設作業員が従事している。完成年の2030年に向けて工事は継続中だ。

ここで指摘すべき点がある。コロナやブレグジットは「予測不能な外部ショック」として処理されがちだが、「長期の大型インフラには予測不能なショックが必ず発生する」というリスク自体は構造的に予測可能だ。「外部ショックで遅延した」という説明は事実だが、同時に「計画段階のコンティンジェンシーが不十分だった」という設計上の問題を内包している。

CfDが消費者に問いかけること

CfDのもとで消費者が直面するリスクは、単純な電気料金の上昇だけではない。

第一に、市場電力価格がストライク価格を長期にわたって下回り続ければ、消費者は差額を補填し続ける。ストライク価格の水準は契約交渉時点の想定に基づいており、将来の市場価格の変動を完全には織り込めない。

第二に、プロジェクトが計画通り完成しなかった場合のコスト帰属ルールの問題がある。2017年着工・2025年完成という計画が大幅にずれ込んでいる現状で、完成前に生じた追加コストを誰が負担するかは実質的な問いだ。

第三に、CfD期間(35年)を超えた後の廃炉費用は価格保証の枠外にある。廃炉費用の積立てと負担設計は、CfDの設計とは独立した論点として先行して整理しておく必要がある。

これらを整理すると、CfDが機能するための前提条件は以下の三点に収斂する。

前提条件ヒンクリーCでの状況(2026年時点)
ストライク価格の水準が適切検証困難(非競争的交渉で決定)
工期・コストが大幅超過しない崩れている(2倍超過、5年以上の遅延)
廃炉費用の設計が別途完結CfD期間外として別途設計が必要

少なくとも「工期・コストが大幅超過しない」という前提はすでに崩れている。この事実は、CfD設計の評価を事後的に行うことの難しさを示している。

2026年時点の現状

ヒンクリー・ポイントCは2026年9月現在、建設中だ。ユニット1の運転開始は2030年と見込まれる。建設費は2015年価格350億ポンド(2026年価格では約480億ポンド)と、承認時見積もり(180億ポンド)のほぼ2倍に達している。

発電所が完成すれば3,260MWeの低炭素電源が英国の電力システムに加わる。35年間の固定買取価格保証がコスト超過を経てどう機能するかは、引き続き注目点だ。

日本への示唆

日本の電力・エネルギー政策を考えるうえでこの事例が示すのは、「長期の価格保証が大規模インフラへの民間投資を可能にする一方、コスト超過リスクを最終的に消費者・納税者が引き受ける構造とセットになりやすい」という点だ。

論点ヒンクリーCの事例から読めること
コスト超過の負担設計承認時の「最終コスト」が2倍に膨らんだ。超過分を誰が吸収するかを事前に明文化しておく必要がある
保証期間の長さ35年間の保証は再エネCfDより格段に長い。保証期間と回収確実性のバランスをどう定めるか
外部ショックへのコンティンジェンシーコロナ・ブレグジットで5年超の遅延が生じた。工期・コストの変動幅を計画段階から明示的に設定するか
出資者構成と地政学リスク中国資本23.31%が後に問題視された。資金調達コストと安全保障リスクのトレードオフを事前に設計する
廃炉費用の設計CfD期間外の問題として独立した設計が必要。開始時点から負担ルールを明確にするか

価格保証の設計と費用超過の負担ルールをどう定めるかは、同種の仕組みを検討する際に先行して詰めるべき論点だといえる。「民間資金の誘致」と「公的リスクの上限設定」を両立させることが、この種のプロジェクトの実質的な設計課題だ。

出典

よくある質問

Q. 差額決済契約(CfD)は電力価格が上がったときに消費者の負担は減るのか?

A. その通りだ。市場電力価格がストライク価格を上回れば、事業者が差額を政府(消費者)に返還する設計になっている。下振れ時に補填するだけでなく上振れ時に還元される双方向の精算が、FITなど単方向の買取制度との最大の違いだ。

Q. 建設費が2倍に膨らんでもEDFは損しないのか?

A. コスト超過分はCfDのストライク価格補填の外側で事業者が負担する構造のため、超過分がそのまま政府補填に回るわけではない。超過が大きくなれば事業者の収益性は低下する。EDFはフランス政府が出資する公的性格の強い企業であり、純粋な民間企業とは異なるリスク許容度を持つ点も背景にある。

Q. ブレグジットはなぜ工期に影響したのか?

A. 建設現場にはEU加盟国からの技能労働者が多く従事していたが、離脱後は入国・就労手続きが複雑化し人員確保が困難になった。資材・機材の通関遅延も重なり調達全体のリードタイムが伸びた。外部からの労働力と資材に依存する現場では、国境をまたぐ移動制限が直接的な工期リスクになる。

Q. 日本のFIT(固定価格買取制度)とCfDは何が違うのか?

A. 日本のFITは主に再生可能エネルギーを対象に一定期間の固定価格で買い取る下限保証の仕組みだ。CfDはストライク価格との差額を双方向で精算するため、市場価格が上振れた際に事業者が差額を返還する点が異なる。原発向けCfDの保証期間35年は再エネCfDより格段に長い点も特徴だ。

あわせて読みたい

今月締切の補助金を、毎月1日にメールでお送りします

補助金は締切を過ぎたら翌年まで待つことになります。 締切の見落としを防ぐために、その月に締切を迎える制度だけを絞ってお届けします。登録は無料、いつでも解除できます。