「トリキの錬金術」はなぜ生まれた?Go To イートの“穴”を鬼が解剖する
結論
- Go To イートのオンライン予約ポイントは「1人あたり昼500円・夜1000円」の一律付与で、飲食代の比率ではなく来店の有無だけで配られたため、少額注文ほど得をする錬金術が生まれた(2020年10月時点)。
- 鳥貴族の298円(税込327円)の串1本で夜1000円分のポイント——差し引き経営者だけが赤字という珍事が起き、鳥貴族は2020年10月7日に対象メニューをコースのみへ変更した。
- 教訓はひとつ。給付や補助金は「穴」を突いて分捕るものではなく、「要件」を満たして堂々ともらうもの。穴は必ず塞がれるが、要件は誰にも取り上げられない。
その秋、日本人は気づいてしまった
その秋、日本人は気づいてしまった。298円の串を頼むほど、儲かる。
2020年10月、コロナ禍で青息吐息の外食産業を支えるため、農林水産省は「Go To イート」を始めた。柱は二本。ひとつは1万円で1万2500円分が買えるプレミアム食事券。もうひとつが問題の子、オンライン予約サイト経由の「ポイント付与」である。ぐるなびやホットペッパーで席を予約して店に行くと、昼の予約なら1人あたり500円分、夜(15時以降)なら1人あたり1000円分のポイントが後日もらえる。1回の予約で最大10人分まで、と決まっていた(農水省資料、2020年時点)。
制度の設計を一言で言えば、「来たかどうかしか判断しない」ポイント付与だった。何を食べたか、いくら払ったか、どれほど滞在したかは問わない。とにかく予約して来店すれば、一律でポイントが飛んでくる。この構造の中に、爆弾は最初から仕込まれていた。
ここまで読んで、勘のいい経営者はもう気づいたと思う。付与額が「食べた金額の◯%」ではなく、「1人いくら」の定額なのだ。つまり——安く済ませるほど、財布のプラス幅がでかくなる。この逆転した構造を、当時のSNSはすかさず見抜いた。
錬金術の錬成陣:数字で見る「串1本の魔法」
この現象に、日本のインターネットは即座に「トリキの錬金術」という中二病めいた名前を授けた。舞台は焼き鳥チェーンの鳥貴族。当時、看板メニューはほぼ全品が298円(税込327円)という均一価格。ここで夜の予約を1人で入れ、串を1本だけ頼んで帰る。すると——
| 項目 | 金額 | 客の損益 |
|---|---|---|
| 串1本の支払い | 327円(税込) | −327円 |
| もらえる夜ポイント | 1,000円分 | +1,000円 |
| 差し引き | — | 約+673円の黒字 |
食べれば食べるほど財布が太る。この逆転した世界で、ネットには「鳥貴族マラソン」という言葉まで現れた。複数の店をハシゴして1日に10件以上の予約をこなし、日当1万円超のポイントを稼ぐ猛者の武勇伝が並んだ(各種報道、2020年10月)。錬金術とは本来、鉛から金を生む中世の妄想である。だが2020年秋の日本では、串から金が生まれていた。人類の夢がまさかの居酒屋で実現してしまったのだ。
店側の算盤が合わない理由
もっとも、笑っていられない人がいた。店側である。予約サイトには1人あたり200円前後の送客手数料を払う慣行がある。1人で串1本、売上は327円。そこから手数料を引けば、粗利はほぼゼロ。席と人件費と光熱費だけが飛んでいく。さらにポイントの財源は国(農水省の予算)から出ているので、店への入金そのものは変わらない——つまり店は手数料を引かれた上で、混雑だけ増やされるという構造だった。鳥貴族が「悩んでおります」と苦渋のコメントを出したのは、この赤字構造ゆえだ。客が儲かり、国が払い、店だけがやせ細る。誰のための支援策なのか、一瞬わからなくなる図である。
なぜ「定額付与」になったのか:農水省の言い分
ここで公平を期しておく。農水省は間抜けだったから一律付与にしたのではない。J-CASTニュースの取材(2020年10月7日)に対し、農水省はこう説明している。予約サイトのシステムは「来店したかどうか」はチェックできるが、「1人がいくら使ったか」までは追えない。だから会計額に比例したポイントは技術的に付けられず、既存システムを使って一刻も早く配るには、定額にするしかなかった、と。しかも錬金術的な使われ方は「当初から指摘されていた」——つまり想定内だった、というのが役所の弁である。
つまりこれはバグではなく、緊急事態下で速度を優先した末の「仕様」だった。穴は穴でも、設計者が薄目を開けて見ていた穴だったわけだ。
では、なぜ塞がなかったのか。答えは単純で、塞ぐための改修コストと時間が、この緊急施策には許容されなかった。コロナ禍で外食産業が毎日消えていく中で、「半年かけて完璧な制度を作る」より「今月から一律でばら撒く」を選んだ行政判断だった。合理的な選択だったかどうかは評価が分かれるが、外食産業の窮状を前に完璧を待つ余裕はどこにもなかった。
穴は塞がれる:鳥貴族の撤退と「無限くら寿司」
さて、錬金術には必ず代償が伴う。塞がれるのだ。
- 鳥貴族の撤退(2020年10月7日):「席のみの予約」などをポイント対象から外し、対象を客単価の高いコースメニューのみに変更した(報道による)。串1本の魔法は封印された。
- 農水省の後追い規制:夜は1000円未満・昼は500円未満といった少額の飲食を、そもそもポイント付与の対象外とする方向で対応した。
- 「無限くら寿司」の勃発(2020年10月19日前後):鳥貴族が撤退すると、今度は参加したばかりの回転寿司チェーン・くら寿司で似た現象が起き、SNSをにぎわせた。もぐら叩きである。穴を一つ塞いでも、水は次の隙間を探す。
- 予算切れによる終幕(2020年11月15日):オンライン予約ポイントの原資は約767億円。この予算が想定より早く底を突き、ポイント付与の受付終了となった。
祭りの終わりは、行政の英断でも道徳心の回復でもなく、単純な「予算切れ」だった。制度設計者だけが、笑っていなかった。
錬金術師たちの末路:見落とされがちな3つのリスク
SNS上では武勇伝として語られた「鳥貴族マラソン」だが、参加者全員がノーリスクだったわけではない。当時、識者や弁護士からはいくつかの警告が出ていた。
リスク1:規約違反による失効
各予約サイトのポイント規約には「実際の飲食を伴わない予約やポイント目的とみなされる利用は取り消す」旨の文言が盛り込まれていた(ぐるなびをはじめ複数サービス)。串1本だけ頼んで帰る行為が「飲食を伴う利用」に該当するか否かは、解釈の余地がある。実際に大規模な失効措置が取られたという公式報告はないが、規約上は無効とされうる行為だった。大量のポイントを貯めた後に失効通知を受けた場合、補填される手段はない。
リスク2:個人情報と行動履歴の蓄積
予約サイトは氏名・電話番号・メールアドレスを把握している。1日10件の予約を繰り返した場合、サービス側には「異常な予約パターン」として記録が残る。短期的にポイントを稼いでも、アカウント凍結・ポイント没収・利用停止というペナルティを受けるリスクは常にあった。ポイント目的の大量予約が後からまとめて審査される可能性も、規約上は否定されていない。
リスク3:時給換算すると割に合わない
1000円のポイントを得るために、移動費・時間・手間がかかる。鳥貴族マラソンで10店舗を回るなら、移動時間だけで数時間かかる。時給換算すると、普通に働いた方が割に合うケースが多い。さらに、貯めたポイントの有効期限が切れた事例も報告されている。「制度の穴を突く」こと自体が、時間と手間を食うコストのかかる行為だった。これが補助金に置き換わるとさらに深刻で、抜け穴を探す時間を要件充足に使えば、ずっと大きな果実が手に入る。
「穴」と「要件」は何が違うのか
この話の核心はここにある。穴と要件は、似て非なるものだ。
| 穴(制度の抜け穴) | 要件(正規の受給資格) | |
|---|---|---|
| 根拠 | 制度設計のミス・盲点 | 制度が明示した条件 |
| 持続性 | 必ず塞がれる | 塞がれない |
| 取り上げられるリスク | 高い(遡及も起こりうる) | 低い(要件を満たせば権利) |
| 準備コスト | 低い(一時的な行動) | 高い(書類・計画が必要) |
| リターンの安定性 | 低い(いつ閉まるかわからない) | 高い(交付決定後は確実) |
| 事業への貢献 | ない | ある(対象事業と連動) |
Go To イートの錬金術は「穴」だった。だから半月で封じられ、予算が尽きて消えた。一方で事業再構築補助金もものづくり補助金もIT導入補助金も、あれは「要件」でできている。定められた要件を満たし、正しい書類で申請した者に、正々堂々と交付される。串1本のズルと違って、後から「あれは無効です」と取り上げられることもない。
補助金で堂々と戦う:要件充足の実務チェックリスト
「要件を満たして堂々ともらう」とは、具体的に何をすることか。補助金申請で実際に脱落するポイントをフェーズ別に整理する。ものづくり補助金の直近5回平均採択率は34.6%(出典:ものづくり補助事業公式ホームページ、2026年7月取得)。3人に2人は落ちる。その理由の多くは、要件不備と書類不足だ。
申請前(公募開始の4〜8週間前)
- 公募要領を最初のページから最後まで読んだか(「概要」だけ読んで申請して落ちるケースが多い)
- 申請資格(業種・規模・設立年数・従業員数等)を自社が満たしているか確認したか
- 加点要件(賃上げ表明、経営計画認定、DX認定等)を取得できる状態にあるか
- 補助対象経費の定義を読み、「この費用は対象か?」を事務局に事前確認したか
- 補助事業の実施期間と自社のキャッシュフローが合っているか(補助金は後払いが原則)
申請書作成中
- 「革新性」や「必要性」を客観的な数字・事実で示せているか(「他社と異なる」だけでは落ちる)
- 補助事業期間内に完了できるスケジュールを組んだか
- 相見積もりが必要な経費を把握し、取得済みか(高額経費は複数社見積もりが原則の場合が多い)
- 採択後の賃金引き上げ計画を、実行可能な根拠のある数字で立てているか
- 審査員が専門家でない前提で、事業内容を平易に説明できているか
採択後・実績報告まで
- 経費の支出はすべて「補助事業期間内」に完了させたか
- 領収書・請求書・振込証明を補助事業ごとに分けて保管しているか
- 補助対象外の経費(交際費・消耗品の一部等)が混入していないか
- 完了報告書の提出期限をカレンダーとシステムの両方に登録したか
よくある落とし穴ベスト3
1. 採択=入金と思い込んで先走る
採択はあくまで「申請が認められた」段階。補助金が入金されるのは、補助事業を実施し、実績報告を提出し、確定審査が通った後だ。資金繰りを補助金前提で組むと、確定が遅れたときに資金ショートする。特に設備導入費が大きいものづくり補助金やIT導入補助金では、つなぎ融資を事前に手当てしておくことが鉄則だ。
2. 経費の用途変更を無断でやる
採択された事業計画に記載した設備Aを、補助事業期間中にBへ変更したくなることがある。これは事務局への変更承認申請が必要で、無断変更は補助金の返還対象になる。「少し仕様が変わった程度」でも、必ず事務局に相談すること。相談のやり取りはメールで記録を残しておく。
3. 消費税を補助対象に含めてしまう
消費税額は補助対象外が原則(課税事業者の場合)。見積書ベースで計上すると消費税込みになりやすいため、申請段階で税抜き額に換算する必要がある。税込みで申請し、実績報告で税抜きに修正されて補助額が減った——という事例が毎回発生している。免税事業者の場合はこの限りではないが、インボイス登録の有無によっても扱いが変わる。申請前に必ず確認すること。
まとめ
この珍事、笑い話として消費して終わりにするのは簡単だ。だが補助金・給付金の世界で長く戦ってきた鬼として、ひとつだけ真顔で言わせてほしい。
穴は、必ず塞がれる。要件は、誰にも取り上げられない。
Go To イートの錬金術師たちは、移動時間と手間を使い果たし、半月で制度が閉まるのを見送り、一部は規約違反のリスクを背負った。それで得たのは、使い道の限られた一時的なポイントだ。
一方、ものづくり補助金で採択された中小企業は、設備を導入し、生産性が上がり、その分だけ実際の事業が前進する。補助金は事業を前に進める手段であって、短期の小遣い稼ぎではない。要件を満たした申請は、事業計画そのものを磨く過程でもある。
あなたの会社がもらうべきは、SNSでバズる一発の錬金術ではなく、事業を数年支える要件充足の給付のほうだ。そして要件で堂々ともらうために必要なのは、器用な抜け道探しではなく、地味な準備と正確な書類にほかならない。まずは制度の全体像をはじめての方へでつかみ、自社が狙える制度を補助金・助成金の一覧から探すところから始めてほしい。串を数える前に、要件を数えよう。
出典
- 農林水産省「Go To Eat キャンペーン事業について」 https://www.maff.go.jp/j/shokusan/gaisyoku/hoseigoto.html
- J-CASTニュース「Go Toイート『錬金術』は想定済み なぜ『一律ポイント付与』に?農水省に詳しく聞いた」(2020年10月7日) https://www.j-cast.com/2020/10/07396161.html
- 飲食店ドットコム ジャーナル「『トリキの錬金術』問題を受け、Go To イートから少額飲食が対象外に」 https://www.inshokuten.com/foodist/article/5902/
- ライブドアニュース「GoToイートでポイント荒稼ぎ…『錬金術』に鳥貴族が『悩んでおります』」(2020年) https://news.livedoor.com/article/detail/19010661/
- ホットペッパーグルメ「Go To Eatキャンペーン ポイント加算対象予約の受付は予算上限に到達したため終了しました」(2020年11月15日) https://www.hotpepper.jp/doc/info/pc_notification_20201115.html
よくある質問
Q. Go To イートのオンライン予約ポイントはいつ終了したのですか?
A. オンライン予約経由のポイント付与は2020年11月15日に受付終了となりました。予算約767億円が想定より早く底を突いたためです。「無限くら寿司」など錬金術的な活用が予算消化を加速させた一因とされており、制度の祭りは行政の英断ではなく単純な予算切れで幕を閉じました。
Q. 鳥貴族はなぜコースのみに対象を変更したのですか?
A. 1本327円(税込)の串でも夜1,000円分のポイントが付く構造上、送客手数料を差し引いた店側の実入りはほぼゼロ、むしろ赤字になっていたためです。2020年10月7日に対象をコースメニューのみに変更し、客単価が低い単品注文でポイントを稼ぐ抜け道を封じました。
Q. 補助金申請での「穴」と「要件」は何が違うのですか?
A. 「穴」とは制度設計のミスや盲点を利用した受給で、発覚次第に塞がれ、場合によっては遡及して取り消されることもあります。「要件」は制度が正式に定めた受給資格で、これを満たした申請は採択後も取り上げられません。補助金は穴を探すのではなく、要件を読み込んで正面から勝ちにいくものです。
Q. ものづくり補助金の最近の採択率はどのくらいですか?
A. 直近5回(第18〜22次)の平均採択率は34.6%です(出典:ものづくり補助事業公式ホームページ、2026年7月取得)。全22回の平均47.5%と比べて厳しくなっており、第17次は29.4%まで下がりました。採択率は公募回ごとに変動するため、最新の公募要領と採択状況を必ず確認してください。
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