古い車を壊せば補助金——「Cash for Clunkers」が中古車市場に残したもの
結論
- Cash for Clunkers(正式名称Car Allowance Rebate System、CARS)は、2009年7月1日から8月24日まで実施された総額30億ドルの米連邦スクラップ制度で、燃費の悪い車を下取りに出して低燃費の新車を購入した消費者にリベートを支給し、下取り車は必ず廃車にすることを義務付けていました。
- 提唱者エコノミストAlan Blinderが2008年7月の論考で示した「環境保護・景気刺激・経済格差の是正」という三本柱が制度の狙いで、2008年の金融危機・大不況・自動車産業危機で落ち込んだ新車販売の下支えも兼ねていました。
- 当初10億ドルだった予算は開始からわずか1か月足らずの7月30日までに枯渇し、議会が追加で20億ドルを承認。最終的に67万7081台が廃車され、下取り車のスクラップが制度の必須条件だったため、それだけの台数がまとまって中古車市場から消えました。
制度の狙い——「環境・景気・格差」を一度に解決する発想
Cash for Clunkersという通称は、エコノミストのAlan Blinderが2008年7月にThe New York Timesへ寄稿した論考で広めた言葉です。Blinderはスクラップ制度について、環境保護・景気刺激・経済格差の是正という3つの目的を同時に果たせると主張しました。同年11月には、Smart TransportationのJack HidaryとCenter for American ProgressのBracken Hendricksが制度の利点をまとめた論文を共同執筆し、連邦議会の各オフィスに配布しています。
この提案は下院で具体化しました。Betty Sutton下院議員(民主党・オハイオ州選出)が提出したCARS法案(Consumer Assistance to Recycle and Save Act、H.R. 1550)は、298対119の賛成多数で下院を通過しました。下院案は、複合燃費が1ガロンあたり18マイル(18 mpg-US)以下の車を下取りに出し、より燃費の良い新車に乗り換えた消費者を対象とする内容でした。
上院の対立案——基準を厳しくするか、中古車も対象にするか
上院ではDebbie Stabenow議員(民主党・ミシガン州)とSam Brownback議員(共和党・カンザス州)が下院案に近い法案を提出しました。一方でDianne Feinstein議員(民主党・カリフォルニア州)、Susan Collins議員(共和党・メーン州)、Chuck Schumer議員(民主党・ニューヨーク州)は、燃費改善効果をより重視した対案を提出しています。
対案の推進派は、この案なら下院・Stabenow-Brownback案より32%多い燃費改善効果が見込めると主張しました。対案は下取り車の燃費基準を17 mpg-US以下とし、リベート額も新車が下取り車より7 mpg-US良ければ2,500ドル、13 mpg-US良ければ4,500ドルという三段階の変動制にする内容でした。軽トラック・大型トラックは基準を緩和し、1999年より前の作業用トラックは燃費改善の有無にかかわらず2,500ドルの対象としました。そして下院案が中古車の購入を完全に補助対象外としていたのに対し、対案は燃費の良い中古車を購入した場合にも1,000ドルのバウチャーを出す設計になっていました。
両案の違いを整理すると、次の表のようになります。
| 項目 | 下院案/上院Stabenow-Brownback案 | 上院対案(Feinstein-Collins-Schumer) |
|---|---|---|
| 下取り車の燃費基準 | 18 mpg-US以下 | 17 mpg-US以下 |
| リベート額の設計 | 出典の本文に具体額の記載なし | 新車が7 mpg-US改善で2,500ドル〜13 mpg-US改善で4,500ドルの三段階 |
| 中古車購入への補助 | なし(完全に対象外) | 中古車購入にも1,000ドルのバウチャー |
| 見込まれる燃費改善効果 | ― | 下院案より32%高いと推進派が主張 |
補正予算に紛れ込んだ土壇場の可決
上院では、このクラッカーズ法案は単独の法案としてではなく、より大きな戦費補正予算法案に組み込まれる形で審議されました。一部の上院議員は、両院で可決されていない条項をコンファレンス報告書に挿入することを禁じる「ルール28」に基づき異議(point of order)を申し立てましたが、60票の賛成でこのルールは覆されました。Sam Brownback議員を含む一部議員は、当初合意されていた景気対策予算ではなく「赤字支出」を財源とする土壇場の変更に不快感を示しましたが、最終的に補正予算法案全体は上院で91対5の賛成多数で可決されました。
こうして2009年度補正歳出法(Supplemental Appropriations Act, 2009)の第13編(Title XIII)として、Consumer Assistance to Recycle and Save Program(C.A.R.S.)が成立しました。制度の推計総費用40億ドルのうち、当初配分されたのは10億ドルで、実施期間は7月1日から11月1日までとされました。制度の運用は米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が担い、法案成立から30日以内にすべての制度詳細をオンラインで公開することが義務付けられました。
「壊せる車」の線引き——参加条件
制度の対象となる下取り車には、次のような条件が課されました。
- 下取り時点で車齢25年未満であること
- 新車の購入、または5年以上のリース契約であること
- 加重平均の複合燃費が18 mpg以下であること(一部の大型ピックアップトラックや貨物バンは基準が異なる)
- 下取り前1年間、継続して登録・保険加入されていたこと
- 走行可能な状態であること
制度は下取り車を必ずスクラップにすることを義務付けており、ディーラーは下取り車のスクラップ価値の見積もりを顧客に開示しなければなりませんでした。このスクラップ価値は、リベートに加えて受け取れるものであり、リベートの代わりではありませんでした。購入する新車の希望小売価格は4万5000ドル以下、乗用車の場合は新車の複合燃費が22 mpg-US以上であることも条件とされました。
資金は1か月足らずで枯渇した
制度は2009年7月1日に正式開始し、請求処理は7月24日に始まりました。米運輸省の推計によれば、当初配分された10億ドルの予算は、当初想定していた11月1日の終了時期よりはるか手前の7月30日までに、非常に高い需要のために枯渇しました。これを受けて議会は追加で20億ドルを承認する動きに入り、下院は7月31日に追加予算を可決、上院は8月6日に提示された6件の修正案すべてを否決したうえで延長を可決しました。オバマ大統領は8月7日にこの法案に署名し、その追加予算も8月24日までに使い切られました。制度はこの日をもって終了し、最終的に67万7081台の車両がスクラップされました。ディーラーの申請期限は8月25日でした。
壊された67万台が中古車市場から消えた
制度の設計上、下取りに出された車は必ず廃車にされることが条件でした。下院案が中古車の購入を完全に補助対象外としていたのに対し、上院の対案は中古車購入者にも1,000ドルのバウチャーを検討していましたが、最終的に成立した制度では下取り車の破壊が前提になっていました。米運輸省の集計では、制度で最も多く売れた新車はトヨタ・カローラ、最も多く下取りに出された車はフォード・エクスプローラー4WDでした。67万7081台という規模の車が、状態の良し悪しにかかわらず制度上スクラップされたことで、それだけの台数が中古車として再び流通することはなくなりました。
制度開始直前に変わった対象基準
USA Todayの報道によれば、米環境保護庁(EPA)は制度開始の直前に燃費の推定値リストを改定しました。この結果、たとえば1991年型ダッジ・グランドキャラバンは、対象外となった車種の一例として挙げられています。基準が施行直前まで動いていたこと自体が、この制度の設計と運用が急ピッチで進められたことを物語っています。
日本の制度を考えるうえで
資金がわずか1か月足らずで枯渇し、議会が急きょ予算を積み増した経緯や、下取り車の廃棄が中古車の供給量に直結する設計だった点は、需要予測や対象車の線引きを制度設計の段階でどこまで詰めておくかという論点として参考になります。
出典
よくある質問
Q. Cash for Clunkersとは何ですか?
A. 正式名称はCar Allowance Rebate System(CARS)で、2009年7月1日から8月24日まで実施された米国の連邦スクラップ制度です。燃費の悪い車を下取りに出して低燃費の新車を購入した消費者にリベートを支給し、下取り車は必ず廃車にする仕組みで、総額30億ドルの予算が投じられました。
Q. なぜ予算は途中で追加されたのですか?
A. 当初10億ドルだった予算が、非常に高い需要のため開始から1か月足らずの2009年7月30日までに枯渇したためです。議会は追加で20億ドルを承認し、オバマ大統領が8月7日に署名して、総額は30億ドルになりました。
Q. 下取り車はどうなったのですか?
A. 制度の条件として、下取りに出された車は必ずスクラップにすることが義務付けられていました。ディーラーはスクラップ価値をリベートに上乗せして顧客に開示する必要があり、最終的に67万7081台が廃車されました。
Q. どんな車が対象外になったのですか?
A. 車齢25年以上の車や、複合燃費が18 mpgを超える車などは対象外でした。加えてEPAが制度開始直前に燃費推定値リストを改定したため、1991年型ダッジ・グランドキャラバンなど土壇場で対象外になった車種もありました。
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