支援で生き延びた企業が、次の企業の場所を塞ぐ——ゾンビ企業という論点
結論
- ゾンビ企業とは、事業収益で固定費と借入利子は払えるが元本の返済はできない企業を指す。公的支援や銀行融資の継続によって存続するが、その状態が市場の新陳代謝を阻害するという点で経済学上の問題とされている。
- この概念は1990年前後の日本の「失われた十年」に生まれ、2010年代のゼロ金利下に欧米で再注目され、2016年には中国政府が国有産業の過剰設備問題として正式に認定した。
- 中国では2015年時点で産業全体の過剰設備率が平均13%、セメント・鉄鋼などでは2014年時点で30%超に達しており、整理に着手すれば石炭・鉄鋼の2業種だけで180万人(当該労働者の15%)が職を失う規模と試算された。
ゾンビ企業とは何か
「ゾンビ企業」という言葉は、政治経済学において二つの意味で使われます。一つは「存続するためにつねに救済(ベイルアウト)を必要とする企業」、もう一つは「借入利子は払えるが元本の返済はできない負債を抱えた企業」です。
後者の定義で言えば、ゾンビ企業は倒産しているわけではありません。売上から人件費・賃料・公共料金といった固定費と借入利子を差し引いてもゼロにはなる——ただしそこまでで、元本を削ることはできない。そのため、借金は次の借金によって借り換えられ続けます。
この構造が持つリスクは二点あります。金利が上昇した局面では利子負担が増し、一気に支払不能に陥ります。また、投資家や銀行が次の融資を拒んだ瞬間に、借り換えそのものができなくなります。平時には生存しているように見えながら、環境の変化で突然死する——それが「ゾンビ」と呼ばれる理由です。
概念の起源:日本の「失われた十年」
「ゾンビ企業」という言葉が最初に使われたのは、日本の資産価格バブルが崩壊した1990年前後のことです。バブル崩壊後、日本の銀行は経営状態の悪い企業や破綻寸前の企業への融資を継続しました。本来であれば債権回収手続きや破産へと向かうはずだった企業が、市場に居続けることになったのです。
代表例として挙げられるのが大手小売業のダイエーです。ダイエーは1990年の崩壊前に大きく事業を拡張しており、状況が違えば法的整理に入っていたと見られていました。当時の財務大臣・平沼武夫は、従業員9万6000人を擁するこの企業について「つぶすには大きすぎる(too big to fail)」と評したと伝えられています。
「大きすぎて倒せない」という論理が政策判断に組み込まれた瞬間、市場の淘汰圧力は働かなくなります。それが産業全体の生産性に何をもたらすか——この問いがゾンビ企業論の中核にあります。雇用という政治的に重い事実が、経済合理性に優先された結果として生まれた現象だったと言えます。
ゼロ金利時代に欧米で再浮上した議論
日本の「失われた十年」で生まれたこの概念は、2010年代に入ると欧米でも注目されるようになりました。背景にあるのは、ゼロ金利(ZLB:ゼロ下限制約)の到来です。
金利がゼロに近い状況では、本来退出すべき企業も低コストで借り換えができてしまいます。高い金利が「続けることのコスト」を上げ、非効率な企業を市場から押し出す——そのメカニズムが機能しなくなるのです。結果として、ゾンビ企業が温存されやすい構造が生まれます。低金利それ自体が一種の「支援」として働いているとも言えます。
2022年には米国でも問題が再燃しています。金利が急上昇する局面に入ると、長らく低金利に守られてきたゾンビ企業が一斉に経営危機に陥るか、大規模な人員削減を迫られるリスクが指摘されました。低金利という環境が、退場のタイミングを先送りにしていただけだったという見方です。問題が解決されたわけではなく、先送りされていたということが、2022年の金利上昇によって改めて可視化されました。
中国の国家規模の過剰設備問題
2016年時点で、中国の鉄鋼・アルミ・紙などの産業では過剰設備が深刻な問題になっていました。過剰設備率は2007年にはほぼゼロだったものが、2015年には産業全体の平均で13%に達しています。セメントや鉄鋼に至っては、2014年時点で30%超を記録していました。
2016年の全国人民代表大会(全人代)で、中国政府はこの「ゾンビ企業」問題を正式に認定しました。2020年までに多くの国有産業企業を閉鎖または再編すると表明し、李克強首相(当時)は「合併・再編・債務再構成・破産清算などの手段を積極的かつ慎重に講じる」と述べています。
整理に伴う雇用の喪失は巨大なものでした。石炭と鉄鋼の2業種だけで約180万人——当該労働者の15%——が職を失うと見込まれ、産業全体では最大600万人に上る離職が推計されました。国家が自ら育てた国有企業を大規模に整理しなければならない事態は、公的支援によって過剰生産能力がいかに積み上がるかを示す事例です。
| 指標 | 数値 | 時点 |
|---|---|---|
| 中国産業全体の過剰設備率 | 平均13% | 2015年 |
| セメント・鉄鋼などの過剰設備率 | 30%超 | 2014年 |
| 過剰設備率(基準点) | ほぼ0% | 2007年 |
| 石炭・鉄鋼での雇用減(見込み) | 約180万人(労働者の15%) | 2016年時点推計 |
| 全産業での雇用減(見込み) | 最大600万人 | 2016年時点推計 |
補助金という手段が持つ副作用
補助金(サブシディ)は政府が税収を個人・世帯・企業に再分配する支出手段です。直接給付、税制優遇、低利融資、価格支持、政府による財・サービスの提供など、様々な形をとります。
OECD加盟国全体を見ると、2020年時点で補助金およびその他の移転(社会給付や返済不要の民間・公的企業への移転を含む)は政府支出全体の中央値で56.3%を占め、GDPに対しては加重平均で34.9%に達しています。さらに、補助金の件数は2008年以降急速に増加しています。
この規模の支援が生産側に向かうとき、特有の副作用が指摘されます。生産補助金は「市場が促すよりも多く生産させる」ことを目的とするものですが、その副作用として過剰在庫コストの増加、世界市場価格の下落、そして本来退出すべき生産者の温存が起きることが問題とされています。
アダム・スミスはかつて、特別な政府補助金によって輸出業者が継続的な損失を出しながら海外で販売できる状態になると観察し、それを「健全で持続可能な政策ではない」と述べています。損失を補填し続けることが、淘汰の機能そのものを無効化するという警告は、補助金が持つ根本的な問題を突いています。
「場所を塞ぐ」という問題の本質
ゾンビ企業がなぜ問題視されるか——それはタイトルにある言葉が端的に示しています。支援によって延命した企業が、「次の企業の場所を塞ぐ」からです。
生産性の低い企業が市場に残り続けると、その企業が保有している設備・人材・資金・立地といった資源は、より生産性の高い企業や新しい事業へ移転されません。経済の隙間が埋まったまま固定されるため、新規参入や産業転換が起きにくくなります。
OECDの研究者たちが発表した論文のタイトルがまさに「歩く死者か?ゾンビ企業とOECD諸国の生産性パフォーマンス」(Adalet McGowan, Andrews, Millot 2018)でした。ゾンビ企業の存在と生産性の低下が密接に結びついているという見方を、研究者たちは共有しています。
支援が悪いのではありません。問題は、支援が「退出のタイミングを遅らせ、資源の再配分を止める」かたちで設計されているときに起きます。中国の例が示すように、問題を放置し続ければ、最終的に必要となる整理の規模はより大きくなります。
出典
日本の「失われた十年」こそがこの概念の発生地であり、公的支援と産業の活力のあいだにあるトレードオフは今日の補助金・融資制度の設計にも問われ続けています。市場からの退出を先送りにする支援が「延命」に終わるか「再生」に至るかは、支援の目的と出口条件をどう設計するかに尽きます。
よくある質問
Q. ゾンビ企業はなぜ倒産しないのですか?
A. ゾンビ企業は売上から人件費・賃料・借入利子を差し引いてもゼロにはなる状態にあります。利子が払えている限り銀行は融資を引き揚げる義務がなく、借金は次の借り換えで先送りされ続けます。ただし金利が上昇したり融資が止まったりすれば、一気に支払不能に陥ります。
Q. ゾンビ企業という言葉はどこで生まれましたか?
A. 日本の資産価格バブルが崩壊した1990年前後の「失われた十年」に生まれた言葉です。崩壊後、日本の銀行が経営危機の企業への融資を継続し、本来なら法的整理に入るべき企業が市場に残り続ける状態が広がりました。その後2010年代のゼロ金利時代に欧米でも広まりました。
Q. 中国のゾンビ企業問題の規模はどれほどでしたか?
A. 2015年時点で産業全体の過剰設備率は平均13%、セメントや鉄鋼では2014年時点で30%超に達していました。2016年に整理が表明された際、石炭・鉄鋼の2業種だけで約180万人(当該労働者の15%)、全産業合計では最大600万人の雇用が失われると試算されました。
Q. 補助金はどのようにゾンビ企業を温存しますか?
A. 生産補助金は市場が促す以上の生産を維持させるため、本来退出すべき非効率な企業も補助金があれば存続できてしまいます。OECD加盟国では2020年時点で補助金などの移転が政府支出の中央値56.3%を占めており、その規模が大きいほど退出圧力を下げる効果も広範囲に及びます。
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