補助金の
番外編『世界の補助金から』

補助金のために走らない車を作った——中国EV補助金の「騙補」問題

執筆:小嶋 譲司株式会社TOE 代表取締役 読了 約7情報時点:2026年8月24日
補助金のために走らない車を作った——中国EV補助金の「騙補」問題

結論

  • 中国のEV補助金制度下では「走らない車に補助金を請求する」架空申告(騙補)が横行した。Wikipediaの中国EV産業記事はこの問題を「Sales registration inflation(販売台数の架空申告)」として「Controversy」節で独立項目化している。
  • 補助金の甘い構造に引き寄せられたEVメーカーは2019年に約500社(Bloomberg調べ)を数えたが、制度の厳格化と競争の激化を経て2023年には約100社(Bloomberg調べ)に絞られた。
  • 市場全体のプラグインEV比率は2020年の6.3%から2024年には47.9%へと拡大した。制度の歪みを修正しながらも補助金政策は結果として機能し、2024年には世界のEV生産の70%以上・世界販売の67%を占める巨大産業を育て上げた。

補助金という名の火薬庫

中国政府がEVの普及を急いだ背景には明確な戦略があった。大気汚染の改善、石油依存からの脱却、そして次世代産業の主導権確保。これらを一挙に達成する手段として補助金政策が組み込まれた。

政府が掲げた目標は数字で示されていた。プラグインEV(BEVとPHEVの合計)の市場シェアを2025年末までに20%に引き上げること。2020年時点でそのシェアはわずか6.3%であり、目標達成には急加速が必要だった。補助金の規模は必然的に大きくなった。

「多く売るほど多く受け取れる」という構造が、製品を市場に届けることよりも補助金を受け取ることだけを目的とした参入者を引き込んだ。

走らない車が生まれた仕組み

「騙補」とは補助金を騙し取る行為を指す。中国語の「騙」は「だます」、「補」は「補助金」を意味する。言葉そのものが示すとおり、この問題は補助金制度の根幹を揺るがすものだった。

典型的な手口のひとつは架空の販売申告だ。車両を製造して「販売した」と書類上に記録し、実態のない販売台数をもとに補助金を請求する。補助金を受け取った後、車両は走ることなく倉庫に置かれる。走行距離計はゼロのまま、統計上は「市場に供給されたEV」として計上され、メーカーは実態のない収益を得る。

別の手口では、グループ内の子会社へ転売を繰り返すことで販売件数を水増しするケースもある。形式上の所有権移転が繰り返されるが、車両は実際のユーザーの手に渡らない。

これらの不正を支えたのは、申請審査の網の目に抜け穴があったこと、そして補助金の単価が不正の「採算」を成り立たせるほど大きかったことだ。補助金は航続距離や技術仕様によって金額が変わる仕組みだったため、「受給要件ぎりぎりの技術スペックを備えながら実際には使われない車両」が量産された。走るための車ではなく、書類の上だけで走る車が生産ラインを埋めた。

Wikipediaの中国EV産業記事(第5節「Controversy」、項目5.1「Sales registration inflation」)はこの問題を独立した節として記録しており、業界全体の課題として公的に認識されていたことを示している。

参入企業の爆発と淘汰

時点EVメーカー数(概数)出典
2019年約500社Bloomberg
2023年約100社Bloomberg
2023年(別集計)約300社(国内外含む)Wired

BloombergとWiredの数字が大きく異なる背景には集計基準の違いがある。前者は純粋な中国系メーカーを対象とし、後者は外資系も含めた「中国市場でEVを扱う企業」を集計しているためと考えられる。いずれの数字を取っても、2019年時点の乱立状態から4年でメーカー数が大幅に減少したという事実は変わらない。

2019年に約500社が存在した状況は、産業の健全な発展とは言いがたかった。製造能力や技術力を持たないまま参入した企業が相当数含まれていたとされる。

淘汰が進んだ理由は複合的だ。補助金単価の引き下げ、技術要件の引き上げ、BYDをはじめとする本格的なメーカーによる価格競争の激化、そして当局による取り締まりの強化。これらが同時に進行することで、実質のない企業が退場を余儀なくされた。

生き残った企業が市場を形成した

淘汰を経て残ったのは製品力と生産規模を持つメーカーだった。2024年時点でBYD AutoとSAIC Motorが中国プラグインEV市場の上位1・2位を占め、上位7社中5社が中国企業だった。

激烈な競争の中で鍛えられたこれらの企業は、国際市場への進出も本格化させた。2025年の輸出台数は262万台超を記録した。電気バスでは、2024年時点で世界在庫の95%にあたる50万台超が中国で保有された。2023年の商用EV新規販売は44万7千台を記録した。

EVの市場シェアの推移を見ると、制度修正の効果が数字に現れている。

  • 2020年:プラグインEVの市場シェアは6.3%
  • 2022年3月:NEV(新エネルギー車)の月次シェアが一時28%を記録
  • 2024年:プラグインEVのシェアが47.9%
  • 2025年:国内自動車販売の51%がEV

BYDの王伝福会長は2022年時点で「年末のNEVシェアが35%に達する可能性がある」と発言した。政府が2025年の目標として掲げた20%を数年先取りする形で、市場は急成長を遂げた。

世界最大の産業になるまで

2025年、中国での乗用EV販売台数はCAEM集計で1,649万台に達した。2024年には世界のEV生産の70%以上、世界販売の67%を中国が占めた。2025年には国内自動車販売の51%がEVという水準に達した。

騙補問題は制度の深刻な欠陥を示すものだったが、それを修正しながら進んだ補助金政策は結果として機能した。不正参入者が退場し、本物の競争力を持つメーカーが残ることで、世界を席巻する産業が形成された。制度設計の観点からは「失敗しながら走った」事例に分類されるかもしれないが、その走り方が結果として世界最大のEV産業を育てたことは否定しにくい。

日本の制度設計への示唆

中国のEV補助金は「スピードを優先し、不正リスクは後から修正する」アプローチの典型だった。申請審査の厳密さよりも市場の立ち上がりを優先し、競争と規制の強化によって不正参入者を退出させた。補助金制度において「審査の厳密さ」と「普及加速のスピード」は本質的にトレードオフの関係にある。中国の事例は、その選択が産業の成長規模と不正の規模の両方を同時に左右することを示している。

出典

よくある質問

Q. 「騙補」とはどういう意味ですか?

A. 「騙補」は中国語で「補助金を騙し取る」行為を指す言葉です。「騙」はだますという意味、「補」は補助金を意味します。走らない車を販売したと偽って補助金を請求するなど、EV補助金制度を悪用した不正受給の総称として使われます。

Q. なぜ中国でEV補助金の不正が広がったのですか?

A. 補助金が販売台数に連動する仕組みだったため、実際には走らない車を販売したと申告すれば補助金が受け取れる歪んだ採算構造が生まれました。申請審査に抜け穴があり、補助金の単価が不正を成り立たせるほど大きかったことも背景にあります。

Q. EVメーカーの数はなぜ急減したのですか?

A. 2019年に約500社(Bloomberg調べ)あったEVメーカーは2023年には約100社(Bloomberg調べ)に減少しました。補助金単価の引き下げ、技術要件の引き上げ、BYDなど本格メーカーとの価格競争の激化、当局による取り締まり強化が複合的に作用した結果です。

Q. 中国のEV市場は現在どのような規模ですか?

A. 2024年時点で中国は世界のEV生産の70%以上、世界販売の67%を占めます。2025年の国内乗用EV販売は1,649万台に達し、国内自動車販売の51%がEVとなりました。輸出も2025年に262万台超を記録しています。

あわせて読みたい

今月締切の補助金を、毎月1日にメールでお送りします

補助金は締切を過ぎたら翌年まで待つことになります。 締切の見落としを防ぐために、その月に締切を迎える制度だけを絞ってお届けします。登録は無料、いつでも解除できます。