解雇せずに不況を越える補助金——ドイツの操業短縮手当(Kurzarbeit)
結論
- ドイツの操業短縮手当(Kurzarbeit)は、労働時間を削減した分の賃金損失を国が補填することで、企業が解雇を避けられるようにする仕組みである。
- 2009年のリーマンショック後には140万人超の労働者を支援し、OECDは約50万人の雇用が守られたと評価した。
- IMFが「同種プログラムのゴールドスタンダード」と称するこの制度は、新型コロナウイルス禍でも補填率を引き上げて対応した。
制度の基本構造
Kurzarbeit(クルツァルバイト)とは「短時間労働」を意味するドイツ語で、民間企業の労働者が労働時間と賃金の削減を受け入れ、その損失分を国の補助金で埋め合わせる仕組みを指す。不況・パンデミック・自然災害といった一時的な外的ショックから経済を守るため、企業の倒産や大量解雇を避けることを目的とした制度である。
仕組みの核心は、コストの3者分担にある。企業は実際に働いた時間分を本来の給与水準で支払う。働かなかった時間(削減された時間)については、連邦雇用庁(BA:Bundesagentur für Arbeit)が本来の賃金の60%を補填する。BAは失業給付も所管する同一機関であり、セーフティネットの一元管理という観点からも合理的な設計になっている。
この仕組みの効果を具体的な数字で示すと、労働時間が30%削減された場合、労働者が受け取る収入の減少は10%にとどまる。企業は賃金総額を大きく削減できる一方、労働者の手取りへの打撃は最小限に抑えられる。企業・労働者・国の3者がリスクを分かち合うことで、解雇という最終手段を経済的に割に合わない選択にする設計思想が制度の根幹をなす。
制度の歴史:1910年から100年超
Kurzarbeit制度は、1910年5月25日にドイツで初めて導入された。きっかけはカリウム鉱業と肥料産業での需要急落への対応であった。一時的な産業の落ち込みに対して、解雇ではなく労働時間の短縮という手段を選んだことが、この制度の出発点である。
その後、1924年にはワイマール共和国初の経済危機を機に制度として本格整備された。以来、100年を超える歴史をもつ制度として、ドイツの労働市場政策の基盤に組み込まれ、不況のたびに活用されてきた。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1910年5月25日 | ドイツで初導入(カリウム鉱業・肥料産業の需要急落への対応) |
| 1924年 | ワイマール共和国の経済危機を機に制度として本格整備 |
| 2009年 | リーマンショック対応で51億ユーロを予算計上、140万人超を支援 |
| 2020〜2021年 | 新型コロナウイルス禍で補填率を引き上げ、適用期間を最長24か月に延長 |
2009年リーマンショックでの実績
制度の評価を国際的に決定づけたのが、2008〜2009年の世界金融危機(リーマンショック)への対応である。ドイツ政府は2009年、この制度のために51億ユーロを予算として確保した。同年、支援を受けた労働者数は140万人を超えた。
2009年にOECD(経済協力開発機構)が発表した報告書は、この制度が不況期に約50万人の雇用を守ったと評価した。この実績によりKurzarbeitの国際的な知名度は一気に高まった。ドイツ情報センターも2009年、同制度が他国のモデルになりうると紹介している。「ドイツが輸出したい制度」として欧州各国から注目を集めたのはこの時期である。
IMFが「ゴールドスタンダード」と評価した理由
IMF(国際通貨基金)はKurzarbeitを「同種プログラムのゴールドスタンダード(黄金基準)」と称している。その根拠として、支持者は主に二つの効果を挙げる。
一点目は、大量解雇の防止である。一時的なショックで雇用を失った労働者が失業給付を受けるよりも、雇用を維持したまま時短手当を受ける方が、労働者・企業・国いずれにとってもコストが低い局面がある。
二点目は、熟練した職場チームの維持である。専門的な技術や暗黙知を持つ労働者グループを長期失業から守り、景気回復後にすぐ生産体制を再稼働できる状態を保てる。長期失業が続くと技術が失われていく、いわゆるスキルの萎縮という問題を回避できる点が、制度の利点として評価されている。
一方で批判もある。制度の維持コストが大きいことと、本来であれば市場から退出すべき非効率な企業を補助金で延命させる可能性があるという懸念が指摘されている。補助金が「生き残るべき企業」を選別する機能を持たないため、産業構造の調整を遅らせるリスクは制度設計上の課題として残る。
新型コロナウイルス禍での対応:補填率の引き上げ
2020年から始まった新型コロナウイルスの感染拡大と景気後退に対しても、Kurzarbeitは主要な政策手段として機能した。
通常の補填率は削減時間分の賃金の60%であるが、労働時間の削減幅が50%以上に達した場合には段階的な引き上げが適用された。
| 適用条件 | 補填率 | 適用期限 |
|---|---|---|
| 通常(削減時間分の賃金に対して) | 60% | 通常時から継続 |
| 削減幅50%以上・4〜6か月目 | 70% | 2021年12月31日まで |
| 削減幅50%以上・7か月目以降 | 80% | 2021年12月31日まで |
この変更は2021年12月31日まで適用された。また、2020年中にKurzarbeitを開始した事業所については、最長適用期間も2021年12月31日まで24か月に延長された。通常の制度を超えた措置として、パンデミックという前例のない事態に柔軟に対応したことを示している。
周辺国への波及:オーストリア・チェコ・ルーマニア
Kurzarbeitはドイツ固有の制度にとどまらず、中央ヨーロッパの複数の国に類似の仕組みが広がっている。
オーストリアでは、制度の導入に際して「社会的パートナー」間の特別合意が必要とされる。雇用者側を代表する商工会議所と、被用者側を代表する労働組合が協議し、適用範囲・期間・制度中の解雇条件・職業訓練や再訓練の内容について合意する仕組みになっている。労使が協議を通じて制度設計に直接関与する点が特徴的である。
チェコでは、アンドレイ・バビシュ政権下において、ドイツ型を参考にした給与補助制度の導入が新型コロナウイルス禍の中で発表された。パンデミックや自然災害による企業への打撃で、週1日・2日または最大4日間を自宅待機とした場合に、その期間の給与の50〜70%を政府が補助する内容であった。在宅日の社会保険・健康保険は雇用主が負担し、労働者も給与の一部削減という形で制度に参加する構造になっている。
ルーマニアでも、2020年時点でKurzarbeitのドイツモデルを参考にした措置の導入が検討されていた。
日本への示唆
ドイツのKurzarbeitが示すのは、「解雇を禁じる」のではなく「解雇を経済的に割に合わない選択にする」という設計の可能性である。企業・労働者・国の3者がリスクを分担し、補填率を状況に応じて柔軟に変更できる仕組みが、2009年のリーマンショックと2020年のコロナ禍という2度の大きな危機で機能したという事実は、雇用維持策の設計を考えるうえで参照に値する。
出典
よくある質問
Q. Kurzarbeitとはどういう制度ですか?
A. 民間企業の労働者が労働時間と賃金を削減した際に、働かなかった時間分の本来の賃金の60%を連邦雇用庁(BA)が補填する制度です。企業は実際に働いた時間分の賃金のみ支払えばよく、解雇を避けながら人件費を圧縮できる仕組みになっています。労働時間が30%削減された場合、労働者の収入減は10%にとどまります。
Q. 2009年リーマンショック時の具体的な効果は?
A. ドイツ政府は2009年に51億ユーロを予算計上し、140万人超の労働者の収入を支えました。2009年のOECD報告書はこの制度が約50万人の雇用を守ったと評価しており、IMFは「同種プログラムのゴールドスタンダード」と称しています。
Q. 新型コロナウイルス禍ではどのように制度が変わりましたか?
A. 労働時間の削減幅が50%以上の場合、4〜6か月目は削減賃金の70%、7か月目以降は80%に補填率が引き上げられました。この変更は2021年12月31日まで適用され、2020年に開始した事業所では最長適用期間も同日まで24か月に延長されました。
Q. 制度にはどのような批判がありますか?
A. 批判として、維持コストが大きいことと、本来は市場から退出すべき非効率な企業を補助金で延命させる可能性が指摘されています。補助金が企業の生存可能性を選別しないため、産業構造の調整を遅らせるリスクがあるとされています。
この記事で取り上げている制度
上限額・補助率・締切は、それぞれの制度ページにまとめています。 要件は公募回ごとに変わるため、申請の判断は必ず公式の公募要領で確かめてください。
公式の公募要領:雇用調整助成金
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